いのちは言うまでもなく、とても尊いものである。
色々事件や戦争や核実験、民族弾圧や政治的な策略、そういうものを客観的に
宇宙から地球を覗き込むようにして見てみると、
本当に多くの人生がチリでも掃くくらい簡単に雑に扱われている。

なんかほんまに自分までチリのような気がして来た。
なんてちっぽけなんだろう。

現実はマトリックスの仮想現実のようにして動いていて、
闇で権力者が彼らの都合のいいように金融も政治も動かしている。
病気も貧困も災害も作り出されていて・・・。

逆に、
大変な精神力でもって社会的に貢献している偉人だったり、
自分を最大限に表現して魅了し大活躍しているアーティストだったり、
人の何倍も努力して試練を乗り越えてきたスポーツ選手だったり、
世間体関係なく自分を貫いて職や技を極めた人だったり、
そういう人達を見ても自分の苦労していることがちっぽけなことだったりとも
思ってくる。

今日、社会的ルールを違反しといて非に気付かず「歩み寄ろう」なんて言う
言動をはき違えている人に、唖然とさせられるショックなことがあった。
自分にとっては心労であるけど、
ほんまそんなの世間の色々に比べたらごっつうちっぽけなことで、
そんなことで傷ついたり怒りが込み上がってくる自分がまたさらに小さく感じる・・・。
所詮、そういう人であるなら真に受けなければいいのにねえ、情けないなぁ、もおっ!!


今自信のない人〜?自分がちっぽけだと思う人、どれくらいいますか?

実は、誕生してきているだけで奇跡的であることをお伝えします。
また春日大社の葉室宮司の本より自分の言葉で要約。

「人は1〜2億の精子が厳しい旅をして生き残った1つが卵子に受精し
産まれて来たわけだから、1億人の中から選ばれた優秀な人間なんですね、本来。
産まれてくる事は当たり前じゃない。
人として誕生する事はオリンピックの金メダリストくらいのものです。」

そして、汚染が進んだとはいえ水がきれいで治安も比較的良く、
被災地でも略奪せず食料品店で列を成すような、
色んな意味で恵まれた日本の国に生まれてきた事は、とってもラッキーです。
「もし世界が100人の村だったら」という本がありましたね、
あれを見てもよく分かりますよね。

http://homepage1.nifty.com/hiroshi127/100people-3.htm

なーんて自分に恵まれてる状況を自分にも言い聞かせたりしてるわけですけど。

頭で分かっていても、嫌な感情に溺れてしまうことは誰にでもあるだろうから
それについて自分を責めてあげないでおこう。そうしようっと。


私は、名誉やセレブな生活がほしいわけじゃなくて、
人が自分の役目や生き甲斐に目覚めてワクワク楽しく生きて行く世の中になるように、
ほんまに人々が心身共に健康で幸せに暮らしていけるように、
自然と調和して生きる喜びを体感して暮らしていけるように、
そのために活躍できることを望んでいる。
それがライフワークだし、その上で成功したいと思っている。
たくさんの人と心を交わして心地よいエネルギー交換ができたらいいな。

だからいちいちちっぽけなことに引っかかってないで、やりたいことに集中すべき。
どうせ私の苦労なんてちっぽけなことなんだから。
今の苦労が大きいと感じるようじゃ、目標にするような人になれない。